ショウ・スズキ フロムオキナワ

よろしくお願いします

三大欲求と私

三大欲求。

 

食わねば死ぬ

 

眠らねば死ぬ

 

しかし性欲は満たされなくて死ぬ

という事はないはずだ

 

他にも物欲やら承認欲求やら

権力が欲しい、金が欲しい、

嫉妬、

あれはいやだ、これがいい、

 

など、数限りない欲求が人間社会を

不幸にしたり幸せにしたりして、

カラフルに彩っているのだろう。

 

そんな中、どうして三大欲求という

言い方があるのだろうか?

特に性欲など、結果的に生命に直接

関わるとはいえ、それが満たされねば

死ぬというような緊急性に欠ける。

 

しかし、それはいったんおいておいて、

そういうものがあるとして受け止め

 

自分と三大欲求について述べたい。

 

以下は個人的に感じる、一般的な感覚との

比例である。

 

 

僕は、

 

腹が減ることには耐久があるし、

欲求は人よりは強くないと感じる。

少なくとも、腹が減ってイライラする事がない。

 

眠い時

これはもうダメで、

やる気もなくなるし、何もできない。

なので、眠るより他ないのだが、

仕事中なんかは好きに眠れない。

するとどうなるかというと、

明らかにポテンシャルが落ちる。

愛想も悪くなる、考える事もできないし、

考えは暗くなる。

 

ということがわかっているので、

なんとかして、5分でも、急速充電的に、

トイレでも眠るように努めているが、

それもできない時は不機嫌になっている。

 

 

性欲

満たされた時、渇望がない時、

あまり楽しくないと感じる。

 

満たされていない時、欲求不満な時、

1人きりでは悶々とするか、

1人で発散するわけだが、

 

満たされていない時に社会生活をすると、

僕の場合は、とても感じの良い人になる、

と客観視している。意識はしていない。

 

おそらく本能的に、

感じを良くした方が、自分にいいリターンが

あると期待しているのだろうと思われるが、

それによって性的リターンがあるわけではないし、

そもそも性欲リターンという言葉はない。

 

そのように、三大欲求を考えた結果的にも、

なるべく感じの良い人間でいたいな、

 

とわりと最近はいつも個人的に思っている。

なぜかは今はわからない。

 

なぜだろうか?

またいつか、自分について考察してみよう。

それはひとつの趣味である。

人には色んな事を楽しめる特技があるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上、自分と三大欲求について客観視

した事実を挙げてみた。