ショウ・スズキ フロムオキナワ

沖縄に住む男性保育士です。日常を書き綴ったり、考えた事や楽しい絵本を紹介したりしています。

喧嘩のおきない方法

子どもには子どもの成り立ち

若者には若者の理屈

中年には中年の考え

年寄りには年寄りの道理がある

 

私はわたし

全ては別世界

 

とクールに捉えれば喧嘩はおきない

はずなんだけどね…

クールにいるところに爆弾落とされちゃかなわない…というんで、喧嘩は絶えるはずがない

残念。

 

自分メモ

シラフの私は分析的で楽しい

酔った私は情動的で楽しい

 

曲を作るという行為に一時期ハマった僕は、

結果、音楽を分析的に捉える、という癖をつけたのか。しかし、初めて聞く音楽が素敵で好きだと感じた時、とこにはほとんど分析癖は発生しない。

 

曲を作るときに、作るときは夢中になっていてた。無心になれた。出来た曲をビール飲みながら聴くと、とにかくうっとりと自惚れた。

それが曲を作る行為がすっぽり抜けて、酒を飲むという行為だけが残ってしまった。

 

そしてここ数年はずっと、夢中になれるもの、無心になって打ち込めるものを探している。探す事に夢中になっている、という言い方もできるかもしれない。

 

 

 

 

ゲージツとスポーツと私 ディープインパクト

例えば、君を一生愛する事を誓う、と言ってたのに離婚する。

 

例えば、絶対もうやめる、いや、やめたんだ、と自分と約束したのに破る。

 

これらの現象は、その人が嘘つきだという事を意味するのだろうか?

 

君を一生愛す、という重たい台詞(笑)を軽い嘘で言えるものか?

絶対もうやめる、と決めた時のあの決意の堅さよよ!

 

 

アイデンティティとはなんであろう?プライドとはなんであろう?

 

自分は金では揺らがない、という人が、一億円あげるからその揺らぎのなさをちょっと揺すってみてよ、と言われたら、誰しもが揺らぐと思うんだ…というのは、丸々僕のアイデンティティなのか?おそらくそうなのだろう。

 

 

スポーツにおける八百長など、そのへんをうまくついた構造になっている。

つまり「金をあげるからあなたワザと負けなさい」というね。

 

 

犯罪性やロマン、ファンの心理うんぬんをいったん無しにして考えると、金をもらう代わりに、試合で上手に負ける八百長をする人が、僕はわりと嫌いではないな、と思う…というのも、丸々僕のアイデンティティなのでしょう?

犯罪である事、ロマンを蹴る事、ファンの気持ちを考えない事、揺れて信念が揺らぐ人…なんかいいな、と、思ってしまうんだな。

 

 

ディープインパクト死去のニュースが今日あった。速い馬をかっこいいという心理もあるが、生まれつき、ただ、どの馬よりも速く走る馬なのだな、と考えてしまうと、かっこいいというよりは、一つの個性を見ているだけなんかな、という気分になってくる。速いことはかっこいい、という先入観や刷り込みがあるので、かっこいいと思ってしまう。

たとえば、速さを競う競技では、逆に、どれだけ頑張っても最下位になる人を競う、というゲームがあってもいい。理論的には同じなのだか応援はしづらいだろう。「勝つ」事に対する幻想は根強いのだ。

 

スポーツは勝ち負けの世界。

そこへいくと芸術はいいなぁと思う。

しかし芸術の世界にも勝ち負けのイメージが、僕にはある。本当はそんなものはないはずなのに。

 

と考えて、僕は芸術をスポーツのように捉えていたかもしれない、と驚いた今夜。

売れる事、有名になる事、支持される事=勝つこと、という捉え方だ。

 

スポーツだって芸術と同じく、勝ち負けはなく、楽しめばよい、という言い方で結論づける事だって出来る。

メッシと戦った選手は皆メッシを凄いと言う。それは、持っている力を全て注いでも敵わなかった事への驚きと賞賛であろう。

 

そういう、長々と記した悶々とした僕の気持ち、そういうのを簡単に一言で表す事ができる。

 

 

先人は「慣用句」という表現で気持ちや状況を表す事に成功している。

 

慣用句だ。そうさ、慣用句。

 

 

ええと、しかしその慣用句、

何だったか、どれだったか、

 

 

何を言おうとしていたか忘れた。

 

 

間抜けの小足… 

ちがうなー、、、

 

 

 

 

 

 

 

沖縄の夏はやはり凄いのだった

どういう事か、おそらくもう、日本はどこでも暑いのでしょう。ここは沖縄ですが、気温だけで見ると沖縄よりも気温が高い地域はある。詳しくは知らないが、熊谷?

東京のコンクリジャングルもヤバイだろう。

北海道だって凄いところは凄いみたい。

 

でも、なんといっても沖縄の夏は最高なのだ。

それはもう、ブランドと言ったっていいはずだ。沖縄の夏!!

 

気候だって亜熱帯なんだ。うう、死ぬ、暑い、ヤバイ、と思うけど、くっそ〜、負けないぞチクショー、というファイトが湧いてくる。頭も沸いておかしくなってくる。この暑い、苦しい、ヤバイ、というのを超えると、心地よくなる。

 

ひそかに想いを寄せる人(たくさんいるのだ!)も、この同じ夏を感じているのだと思うと嬉しくなってくるではないか、嫁は怒るだろうが( 笑 )

 

ああ、恋がしたい、恋をしよう。

120歳も、犬も、猫も、みんな恋して浮かれて

、実って破れて消えていくのさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

不安の正体みつけたり!

不安とは妄想のようなものだという。

現実には起こりえない、という意味で。

 

本当に未来の現実を読めるなら、今から対処すれば良いし、それを100%信じれば原理的に不安は起きない。それでも不安が湧くのは100%信じるという状態にはなれないからだ。

 

宗教を盲信する人が怖いと僕が感じるのは、

100%なにかを信じている人、の独特の瞳にある。

 

確かなものなどない。約束された未来などない。いったんそのように前向きにとらえ、今出来ること、やりたいことを、やればいい。

 

それが僕の信じることだ。

 

 

 

 

 

それでも不安は湧いてしまう。

日本に 不安のない人はいるだろうか?

 

僕は思うのだが、文字通り必死の人は

不安を感じるどころではないだろう。

だからこそ「必死」なんだ。

 

必死の人は必死を越えた時、生を感じるのではないだろうか?もしくは必死の最中に生を見出すのではないか?

 

必死で夢中になれたら幸せだろう。

今、僕は幸せだけど、なんか緩いんだ。

 

でもぬるま湯は最高なんだ。

今日僕は、数年の課題から卒業できたと思う。

その課題とは、リングの螺旋だ

 

以下省略…

 

 

今夜も飲んどる

サタデーナイト。明日も休みだ、と思うと

ビールを飲むし、飲むと酔う。それが今。

 

音楽を聴く。色んな音が聞こえる。そこには作者のパッションとか意図とか仕掛けとか、そういうのが内包されていて、その音が僕のソウルに響いた時に、僕は感じて心地よくなる。体が音楽に乗るよね。心が動くよね。

 

僕は僕を惑星のようだと思う。クルクル自転しながらどこかを公転している。姿を変えながら同じ形で彷徨っている。どこを公転しているのだろう?姿を変えているのを見ているのは誰だ?それは恒星ということになる、太陽。

 

万物はメタファーだ。

 

転がる石になりたいのかい?ガラスの玉よ。

byキリンジ