ショウ・スズキ フロムオキナワ

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セリンクロ体験記 その③ファイナル編

あらすじ

 

俺は医者からセリンクロを処方してもらった。

 

医者は言った。

 

『君がくれという、「酒が飲めなくなる薬シアナマイド

は勧めない。なぜなら人によっては救急搬送されるほどの苦しみがあるからね。

替わりに、酒を飲む前に飲む薬で、酒を飲んでも楽しくなくなって、

まぁいいや、と思えるようになる薬をあげよう』

 

 

それでもらったのがセリンクロ。

 

だが処方されてからずっと、

セリンクロの封は一度も開かれていなかった。

 

もらったはいいが、

飲む気になれなかった。

 

楽しくなりたくて酒を飲むのに

楽しくならない薬をわざわざ飲む意味がわからなかった。

だからセリンクロは飲まず、酒だけを飲んでいた。

 

今回の職場のコロナ休園による連休中、

いつものように毎日飲酒をしていて、

今日も飲んでしまうよなぁ、飲むのにも飽きてるんだけどな、

だからやめるというわけにはいかないのが酒なんだよな、

と思った時、

 

「よし、飲むのは飲むとしても、

今日は酒を飲んで楽しくならなくてもいい」

 

と思った。

代わりに、セリンクロを飲んで酒を飲むとどうなる

のだろうか、という気持ちが湧いた。

その好奇心からセリンクロを初めて飲んだのだった。

 

以上があらすじ、以下が本編(セリンクロ体験記その③ファイナル編)。

 

 

 

台所にて、妻の前でセリンクロを飲んだ。

一錠をコップ一杯の水で飲んだ。

 

それからビールを3本持って一人自分の部屋に入った。

 

セリンクロを飲んで、1.2時間経ってから飲酒をはじめるのが

セリンクロの正しい使い方だ。

 

目の前のビールを早速飲みたかったが、

まだ早い、と飲まなかった。

 

この時点で、普段の飲酒欲求に

セリンクロが勝っている。普段ならば、目の前にビールを置いたら

まず、すぐに飲むだろうと思う。

これはセリンクロの効果なのか、それとも、きちんと

セリンクロを試したいという好奇心が勝っているだけだろうか。

 

まだわからない。

 

待っているとウズウズしていて落ち着かなくて

階下に降りてキッチンにいる妻と話した。

 

しばらく他愛のない話をしていた。

 

その時、ある瞬間、なんだか異常な興奮を覚えた。

自分のテンションが明らかに変なのがわかった。

ぐわっと感情が動いて、それが目に見えるような気がした。

いや生き物の影のように、目に見える、と感じた。

会話がギュインギュインと異常なテンポを持っている、

と感じた。表せられない感覚。

 

その後ふと、

 

「今後いっさい、不安な気持ちとは永遠におさらばなんだ」

 

という根拠のない安心感につつまれた。もっといえば、

 

「これから間違いなく俺は億万長者になるんだ。

もう、そう決まっているんだから、

金の心配は未来永劫しなくていいんだ、よかった」

 

と思った。

 

それからすぐに落ち着いて、

これはおかしいぞ、と、思い、

 

ちょっと一人になるわ、と再び部屋に戻った。

 

机に置かれたビールはもう飲む気にならなかった。

急な興奮に驚いていて、もう少し冷静に自分を

みつめたかったのだろう。

もっとセリンクロを試したかったのかもしれない。

本来は酒とチャンポンする前提であるのだが、

酒とチャンポンしてはセリンクロがわからなくなってしまう、

と間違った行いをしている意識も少しはあったが、

好奇心には勝てなかったように思う。

 

 

腹が減っていると気づいて再び台所へ降り、

冷凍うどんを茹で、こちらも初めて試すカレーうどん

レトルトのスープと合わせて、出来上がったものを

再度部屋に戻って食べはじめる。

 

ひと口食べ、あれ、おかしい、味がまったくしない。

これはセリンクロの効果か?そういえば、医者は

セリンクロの説明時に、

 

「酒を飲んでも楽しくなくなって、

満腹の時のように、まぁいいやと思える感じ」

 

と言ったが(言ったのだ)、

それは食べ物でも同じなのだろうか?

 

味のしないうどんを食べたいと思わない。

 

いや、もしやそれとも、味覚障害、すなわちコロナ感染か?

 

心配になってまた再び台所に降りて、妻に

味見をさせる。

 

「おかしい、味が全くしないんだ、

ちょっと味見をしてくれ」

 

妻はこのご時世なので、人が箸をつけたものを口にしたがらないが

(あるいは俺が箸をつけたものを口にするのが嫌なだけかもしれない)

スープだけ頼む、と口にしてもらった。

 

「こ、これは… 」

「どうなんだ??」

「味がしない、味が無い。超薄味だ」

 

ああそうか、焦ったな、とひと安心はしたが、

その時すでにもう腹は減っていなかった。

 

やっぱりなんかちょっと変だわ、部屋に行くわ、と

部屋に戻り

机のビールのことはほっといて、

布団にゴロンとなる。

 

なんだかフワフワと変な感じ。

 

落ち着こうと音楽を流す。

 

俺は大きめの古いスピーカー2つに

頭を挟まれるような位置関係に枕を置いて

そこに横になってリスニングをしている。

 

そこは特別な空間である。

 

すぐに音楽に気持ちが集中した。

そして音楽が立体的に響いて聞こえた。

 

ああ、これは俺の好きなやつかもしれない、、

 

と、その日はそのまま、横になったままずっと

音楽を聴き続けた。朝までほとんど不眠だった。

だが不快ではない。

いつまでも音楽に浸っていた。

 

ただ、多幸感のようなものはなかった。

浸って音楽に集中しながら、他に何も考える必要がなかった。

幸せというよりは音楽が楽しかった。

 

中学生でビートルズに出会った時のような、

高校生の時にハードロックに出会った時のような気持ちで

興奮しながらクラシック音楽の中にいた。

 

クラシック音楽ってこんな世界だったんだな。

新しい趣味ができたぞ、と喜んだ。

 

次の日も休みだったが一日フワフワとしていた。

ただ気持ちの良いフワフワではなかった。

めまいに似ているがめまいではない。

なんだか、とにかく、フワフワとしてしまう。

 

夜になって9時くらいになって妻に

 

「ちょっとまだフワフワするから寝るわ」

 

と部屋に行った。その日はビールを用意せず

セリンクロだけを飲んだ。

正直に言うと、フワフワは嘘ではないが

昨夜のように音楽を楽しみたかった。

 

そして同じように朝までクラシック音楽に浸って過ごした。

ジャズも沢山聴いた。

 

それまでもクラシックもジャズも

好きなものは大好きだったが、それ以外は、努力して

勉強して聴いているという感がなくはなかった。

好きにはなりたいが、そこまで好きにはならない。

 

しかしこれからはどっぷりと

大好きになっていくのかもしれない、という気持ちがある。

聴き方の概念が変わった、知った、という感覚がある。

 

クラシックもジャズも膨大な歴史、音楽家がいる。

膨大な名作がある。クラシックとは直訳すれば古典だ。

古典とは時間に淘汰されずに生き残った作品のことだと

理解している。

 

まだ自分にとってほとんど未開なジャンルと出会えて

先の人生が楽しみに思えるようになった。

 

さて、話は戻ってセリンクロ。

 

二日続けて一錠ずつ飲んだわけだ。

本来の使い方である、酒と併用する、という

使い方はしていない。

 

そしてまだ続きがある。

 

それ以降、セリンクロはもう飲んでいないのだが、

その後、二日三日四日と経過した今も、

気持ちの良くないフワフワが続いている。

説明できない不思議な皮膚感覚もずっとある。

不眠も続いた(不眠は基本的には俺には無いものだ)。

 

 

不眠は収まってきたが、それでもまだ気持ちの良くない

フワフワと不思議な皮膚感覚はとれない。

 

 

結局のところ、精神や脳に直接作用する酒をどうにか

しようとする薬ということは、それもすなわち同じような

向精神薬のような働きがあるのではないか、というのが

俺の結論だ。初めて飲む薬で耐性もないから

よく効いているのだろう。

 

セリンクロと一緒にもらったしっかりとした冊子には

 

「主な副作用(悪心、めまい、眠気)の他、

自殺したくなることもあると報告があります。

その時はすぐに相談してください」

 

などとある。

お酒と自殺との関係性もあるらしいから、やはり何か

そっち系なのだろうと予想する。

 

 

音楽が楽しく感じられたり、一瞬ではあるが

不安が皆無になった事は確かだが、

この気持ちの悪いフワフワと不眠は割に合わない、

というのが正直な気持ちだ。

そもそも不安は自然な感情なのだから。

不安が全くないというのは、不自然だ。

 

 

こんな長く文章を書いたり、

普段は使わぬ「俺」と使ったりと

まだ何かセリンクロは自分の中にあるような気がする。

 

そういえばお酒はここ数日間は

一滴も口にしていないが、今日ふと、ひさしぶりに

強烈な飲酒欲求を感じた。

 

だが今日はなぜか我慢が出来た。

因果関係はわからないまま

数日の禁酒生活が続いている。

 

またいつか、休みの前の日に、

今度はセリンクロと酒を飲むという正しい使い方を

してみたいという気持ちはある。

 

セリンクロ単体は気持ち悪いし割に合わない。

酒の飲みすぎはもう勘弁だ。だが酒は好きだ。

 

一番いいのは、時には休日前に、飲みすぎない程度に酒を

飲む、

 

という生活スタイルだ。

そこを目指していこう。

 

セリンクロは比較的新しいマイナーな薬のようだ。

もちろんネット上に沢山の情報がある。

 

もしあなたの何かの参考にでもなれば幸いです。

 

以上。